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胸のしこり

2016.04.23.06:32

ずっと気になっていた、右胸のしこり。生理中に痛みがあったため、さわってみるとこりっとある。1cmくらい。ぐらぐら動いて、乳腺そのもののような、しこりのような、もやもやしながら半年経っていました。

思い立ったのは従姉が乳がんで手術すると聞いたから。明らかに右胸が大きいので、乳がんであることを前提に、入院中の仕事のこととか、息子君のお世話とか、色々考えていました。

最近、乳がんの人が身近にいて、同僚で一人、以前の職場での先輩が一人、そして今回従姉。

病院はいついっても、緊張してしまいます。まず、レントゲンの検査。ない胸をぎゅーっと引っ張って、うまく機械にはさんで3方向、両胸を撮りました。

次にエコー。ここで何となく自分は癌でないなと思えたのは、「ビー玉やピンポン玉みたいなしこりはありますか?」と聞かれたためです。というのも、私のしこり、何となくだらんと平べったい感じで、玉って感じではありませんでした。検査技師さんに自分の思うしこりの場所を教えて、エコーも両胸、全体をみてくれました。

そして、診察。まず触診。次にエコー。結果は「乳腺炎」でした。先生はとても優しく、画像が残るから、また変化があったり、気になったらいつでも来てくださいとおっしゃってくれました。

胸のしこり、もやもやしながら半年も過ごすより(明らかにお風呂などで何度も触って考え込んでいました)、思い切って病院へ早くいっておけばよかったと思いました。
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落ち込みがちで、、、

2016.01.09.15:06

 1か月以上ブログをアップできずにいました。12月に入ってから喪中の葉書を用意し始めると、優しかったときの父を思い出し、気分が落ち込んでしまっていました。生前の父の交友関係をすべて把握しているわけでもなく、年賀状が来てしまい、どうしたものか、、、とネットで調べると寒中見舞いに欠礼のお詫びを書けばいいということ。その準備をしていると、またまた父を思い出し、どんより気分。

 決して、仲の良かった親子ではなかったのですが、悲しいものは、悲しく、しばらくどんより気分に浸ります
 
 

法要

2015.09.24.16:51

仏教では、人は亡くなると、その日から数えて7日目から7日ごとに死後の世界で、来世の行く先を決めるための裁判を受けるといわれているのだそうです。そのため、遺された人たちはその日にあわせて法要を営むことで善行を行い、故人の成仏を願うといわれています。故人が成仏するまでの間は

初七日忌(死後7日目)
二七日忌(死後14日目)
三七日忌(死後21日目)
四七日忌(死後28日目)
五七日忌(死後35日目)
七七日忌(死後49日目)
百箇日(死後100日目)

現在では告別式と初七日、七七日忌と百箇日、あるいは納骨と百箇日をまとめてしたりすることもあるそうです。

三五日、四九日を無事執り行い、納骨もすませましたが、もうすぐ父の百箇日になるのだそう。これは、遺族の悲しみをリセットする法事になるのだそうです。父の突然の死から三か月、、、まだ思い出しては悲しむ日もあるけれど、リセットになるか、行ってきます。

訃報

2015.09.12.07:53

暗ーいお話しになりそうなので、気分が落ち込んでいる方はとばして頂ければと思います。

先日、祖母が亡くなりました。95歳の大往生で、痛みなど訴えず子供、孫たちに見守られながら、すーっと寝るようになくなったそうです。私がずっと思いめぐらせてしまうこと=父(祖母にとっては子供)が先になくなり、この数か月間は彼女にとって、どんな意味があったのだろう、ということです。考えても仕方がないことはわかっていても、ふと頭によぎります。

私自身は、祖母に会うと、父を思い出すのではないかと変に気を遣ってしまい、父がなくなってから一度も会っていませんでした。叔父には、「あまり父の事を口にしない。」と聞いていて、思い出したくないのではと、足が遠のいていました。

祖母が病院に入院したと聞いて、面会に行く気満々でしたが、叔母に調子がよくないから少し待ってほしいと言われ、結局会うことが出来ませんでした。祖母と最後に会話したのは、父の法要で、いや、しかしかける言葉が出てこなかったように思います。

今頃二人、天国(?)で父はきっと祖母とつもる話をしているんだろうと、おかしいかもしれませんが、ホッとしています。

人とはいつ別れるか、わかりません。突然の別れが来たときでも、後悔しないよう、家族なら喧嘩したままとか、腹が立ったままというような状態にはしないようにしたい、と改めて決心しました。


最後の言葉

2015.07.26.23:01

父が他界したこと、まだまだ夢のように感じることがあります。最後に交わした言葉はなんだったのか思い出します。

「パパ、有り難う。また土曜日ねー。」

一緒に仕事をしていて、帰るときになんだかんだ持って帰れと家庭菜園で作っている野菜や、お買いものの時についでに買ってくれた食材をもたせてくれることがよくありました。その日も、仕事が終わり、野菜をもらって帰るところでした。

もうその土曜日は来ないけれど、感謝の気持ちを伝えることが出来たのが最後の言葉でよかったなぁと思います。

プロフィール

あきママ

Author:あきママ
2006年年12月:男の子を出産。(この時すでに高齢出産のお墨付き)
2009年9月:「関節リウマチ」と診断。病気と闘いながら第2児を授かることが出来るか。
2010年3月:「成人発症型スティル病」と診断。
病気に関することを、楽しく気ままな子育ての記録とともに、書き留めておけたらと思います。
よろしくお願いします。たくさんのコメント頂けると嬉しいです。

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