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訃報

2015.09.12.07:53

暗ーいお話しになりそうなので、気分が落ち込んでいる方はとばして頂ければと思います。

先日、祖母が亡くなりました。95歳の大往生で、痛みなど訴えず子供、孫たちに見守られながら、すーっと寝るようになくなったそうです。私がずっと思いめぐらせてしまうこと=父(祖母にとっては子供)が先になくなり、この数か月間は彼女にとって、どんな意味があったのだろう、ということです。考えても仕方がないことはわかっていても、ふと頭によぎります。

私自身は、祖母に会うと、父を思い出すのではないかと変に気を遣ってしまい、父がなくなってから一度も会っていませんでした。叔父には、「あまり父の事を口にしない。」と聞いていて、思い出したくないのではと、足が遠のいていました。

祖母が病院に入院したと聞いて、面会に行く気満々でしたが、叔母に調子がよくないから少し待ってほしいと言われ、結局会うことが出来ませんでした。祖母と最後に会話したのは、父の法要で、いや、しかしかける言葉が出てこなかったように思います。

今頃二人、天国(?)で父はきっと祖母とつもる話をしているんだろうと、おかしいかもしれませんが、ホッとしています。

人とはいつ別れるか、わかりません。突然の別れが来たときでも、後悔しないよう、家族なら喧嘩したままとか、腹が立ったままというような状態にはしないようにしたい、と改めて決心しました。


最後の言葉

2015.07.26.23:01

父が他界したこと、まだまだ夢のように感じることがあります。最後に交わした言葉はなんだったのか思い出します。

「パパ、有り難う。また土曜日ねー。」

一緒に仕事をしていて、帰るときになんだかんだ持って帰れと家庭菜園で作っている野菜や、お買いものの時についでに買ってくれた食材をもたせてくれることがよくありました。その日も、仕事が終わり、野菜をもらって帰るところでした。

もうその土曜日は来ないけれど、感謝の気持ちを伝えることが出来たのが最後の言葉でよかったなぁと思います。

ストレスの原因

2015.07.10.22:10

亡くなった後のお葬式も決めなければいけないことだらけでした。夜に父が亡くなったため、葬儀の段取りは深夜まで及びました。

お通夜、告別式が終わったら、仕事を再開しながら、諸手続きです。とにかく、仕事に必要な諸手続きから始めたのですが、ここで、ぽけーっとしていた私は重要な書類をしまいこんでしまい、その時の記憶が全くなく、また一からやり直したりで、大変でした。

今はやっと先が見えてきましたが、仕事の忙しさは倍増です。忙しいのはしばらく続きそうで、これがストレスかもしれません。でも、父が遺してくれたものとして、何とかやっていければと思っています。

父が入院中に思ったこと

2015.07.10.22:02

まずは、決めなければいけないことがたくさんありました。本人の意識がなければ、家族が決めなければいけません。生前の父ならどうしたかったか、、、を考えながらの治療方針の決定でした。そして、これでよかったのか、、、の後悔の連続でした。(これも意識のない父に聞いてみましたが、瞬きひとつ無理でした。)

また、血圧が下がってきましたと病院に呼び出されても、また持ち直したとき、いつその場を離れていいのか、誰にも分からず、結局はそれぞれの責任のもと、家族交代で付き添っていました。これがかなり疲れました。泊まるスペースがないため、ソファで一夜を明かしたこともありませいた。

最後に、それでも明日は来るということ。いつかは分からないため、なるべく日常生活に影響しないように、看病出来る人が付き添い、仕事に行く人は行くというスタイルをとりました。徹夜した朝でも、生活は続いています。病院外の世界が別世界のように感じました。

入院中の数日間は、家族それぞれが出来ることをしたという思いは抱けたこと、多分父は苦しまずに逝ったことが幸いです。

疲れの原因

2015.07.10.21:53

疲れの原因、父が亡くなり、自分の仕事を辞めれないまま、父の仕事も引き継いでいるせかもしれません。

倒れてから数日間、意識がもどることなく、他界しました。入院中は何度も呼び出され、待合室のソファで一晩過ごし、シャワーを浴びに外に出ると、また呼び出され、話すことのない父と一緒に病室で過ごしました。

倒れたと聞いて病院へ駆けつけた時は、ドラマをみているような感覚で、実感がありませんでした。検査が終了し、手の施しようがないと聞いても、朝起きたら目が明いているのではないかという淡い期待もしました。

あの時間は何だったのだろうと、不思議でなりません。父は私に何か伝えたかったのか、誰かに会いたかったのか、話しかけても話しかけても答えが返ってくるわけもなく、ただただ父に「有り難う。」と伝えれたことだけはよかったと思えました。

プロフィール

あきママ

Author:あきママ
2006年年12月:男の子を出産。(この時すでに高齢出産のお墨付き)
2009年9月:「関節リウマチ」と診断。病気と闘いながら第2児を授かることが出来るか。
2010年3月:「成人発症型スティル病」と診断。
病気に関することを、楽しく気ままな子育ての記録とともに、書き留めておけたらと思います。
よろしくお願いします。たくさんのコメント頂けると嬉しいです。

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